左手のピアニストとして日本を代表するピアニストの舘野泉先生。病で倒れ、右半身不随となっても左手のピアニストとして復帰し、今尚ピアニストとして世界中を飛び回っておられる。

悲観的に紹介されることが多いけれど、サブタイトルの「左手のピアニストの超前向き思考」という文字に惹かれ、この本を手にとった。

「軌跡のピアニストが奏でる35の言葉」と本の帯に書かれていますが、舘野泉先生の考え方・物事の捉え方を伺うと、とっても幸せになれて肩の力がすぅっと抜けますよ。そんな舘野泉先生のお言葉を少しご紹介して参りますね。

ピアニスト舘野泉とは

あなたはピアニストの舘野泉先生のことをご存知だと思うけれど、少しだけご紹介しておきますね。

舘野泉先生は、1936年(昭和11年)11月10日東京生まれ。東京藝術大学を卒業されて、1964年からフィンランドのヘルシンキに在住。

2002年1月、リサイタルの最中に脳溢血で倒れ右半身不随となりましたが、リハビリを経て2004年に左手のピアニストとして復帰。80歳を超える今も、年間50回ほどのリサイタルを国内外で行っている。

また、リリースしたレコードとCDは130枚を超えています。

病気をする前もその後も、何も変わらない

舘野泉先生は「病気をする前もその後も、僕は何も変わらない」と書いています。両手で弾いていたピアニストが、左手だけで弾くようになることも、見ようによっては「落ちた」というかもしれない。

今いる場所から落っこちたとしても、そこは新しい地点。すとんと落ちるのでいい。落ちた地点を自分の現状だと考える。そこからまたじわじわと広げていけばいい。今までの場所と違うわけだから、むしろ新鮮。地点が変われば好奇心も大きくなる。

なるほど、なんて懐が大きいのでしょうか。病を経験したり、今まで出来ていたことが出来なくなると(身体的であったり環境的であったり様々ですが)、そこから新しいことが始まるのだ!と思えれば、新しい視点で見ることが出来るなら、「出来ない」とか「苦しい」ということではなく、全てが未経験のワクワクへ変わるのですよね。

右手を奪われたんじゃない、左手の音楽を与えられたのです

病気や怪我で何かを失うことは、誰にでも起こり得ることだし、あなたも何かそういう経験があるかもしれません。実際に今、それを経験してつらい思いをしているかも。

舘野泉先生はこう仰っています。「何かを失うことはあるけれど、経験として積み重ねたものは、何があっても奪われません。僕のピアニストとしての右手は失われましたが、音楽を生きた時間はちゃんと自分の中に積み上げられている。僕は右手を奪われたんじゃない、左手の音楽を与えられたのです。」

生きることと、弾くことは同義

あなたが「生きてるなぁ」と実感できるのはどんな時でしょう?

私はやっぱり「ピアノに触れている時」だと感じました。大事なものから離れる時間があると、特に自分の意思ではなく離れざるを得ない時があると、本当に自分に大事な物は「わたし生きている!」を心の底から実感できると、触れられるというだけで最高の喜びを感じられるようになります。

不平不満を言うなんてとんでもない。喜びとワクワクと幸せで満たされます。

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リハビリ中ほど笑った日々はない

新聞や雑誌のインタビュー記事で「辛い体験だった」と書かれてしまう。「苦労を乗り越えて復活した」という方が、ドラマチックなのだろうけれど、実際はそんなことはなく、舘野泉先生にとってのリハビリはとても楽しいものだったそうです。何故なら「全てが初めての体験だったから」だそう。

確かにテレビをつけると悲惨なニュースはとことん悲惨に描かれ、話をどんどん大きく盛っているように感じます。しかしそのように煽り気味に(誇張して)話題を作る方が、世間の関心を集めやすいのでしょうね。でもそれが真実とは限りません。

今まで生きてきた中で触れてきた報道や雑誌などによって、病は辛く苦しいものというのが定着しています。確かに辛い思いを重ねてきた方も多いでしょう。でも、必ずしも辛いことしかないかというと、そこは断言できないと私も思います。

要は、病は気から。捉え方次第だということでしょう。

舘野泉先生はこう書いています。

他の患者たちは無気力で、義理でリハビリしているように見えた。でも僕には全てが新鮮で、何かが目を覚ます感覚が嬉しかった。新しい体験に夢中で絶望している暇なんてなかった。

今まで自由に動いていた身体が本当に自分のものかと信じられない状態でリハビリに臨むのは、大変なことだろう。現状の自分を受け入れる・認めるには相当の時間もかかるだろうと思う。それでも「全てが新しい体験」でワクワクすら感じられる舘野泉先生の文面に、何だかドキドキした。

辛いと愚痴るより笑えばいい

つらいことがないわけじゃない。瞬間瞬間に辛さや苦しみを感じることは誰にでもある。それが長く続くこともありますよね。でも人生はそれだけじゃない。

舘野泉先生は、低いところにあるものを取ろうとしてしゃがんだら、そこから立ち上がれなくなったそうですが、そんな自分が「おかしくて笑った」と書いています。

これこそ、ものは捉えよう、視点次第だということを表していると思いませんか?もしあなたが病のせいで低いところにあるものを取ろうとしゃがんだら立ち上がれなくなったら、そんな自分がおかしくて笑えるでしょうか?

機は必ず熟す

そんな舘野泉先生でも、左手のピアニストとして左手のための作品と向き合えるようになるまで、1年以上かかったそうです。それまでの間、左手のためのこんな作品がある、と教えてもらう事もあったようですし、ご自身でもその存在を知っていた曲も幾つもあったようですが、それらと向き合おうとは思えなかった。

舘野泉先生曰く「それだけの空白期間が必要だったことを、無意識に知っていたのかもしれない」と。

病になったり、何か落ち込むような出来事に遭遇するのは誰にでもありえます。例えばコンペや実技試験で叩かれて落ち込むこともあるでしょう。すぐに気持ちを立て直せなくても、這い上がれなくても、いつか必ず機は熟すということを忘れたくないですね。

不自由になると本質が見えてくる

あなたは「不自由になると本質が見えてくる」と感じたことはありませんか?私はここ数年、よく感じます。例えば、毎日当たり前のように触れることが出来ていたモノが手元にない状態になったら、次にそのモノに触れた時には有り難みや喜びと共に、それまで有ることが当たり前だった時には気づかなかったものが見えてきます。

当たり前のように触れることが出来ていた「モノ」は、あなたにとっては「ピアノ」かもしれないし「自転車」かもしれないし「パソコン」「スマホ」かもしれません。「電子レンジ」かも?(笑)

舘野泉先生は、友人の作曲家たちに左手のための新曲の書き下ろしをお願いしたそう。その数80曲以上になったということですが、それらは当然ながら世界初演となります。すると「大変ですね」と人々に言われたそうですが、それを想像するのは難しくないですよね。でも舘野泉先生は「大変なのはもちろんだけど、新しい発見の連続で初めてだから面白かった」と。

そして「片手でやることになって、音楽というものがよく見えてきたなというのはある」「左手1本で弾くことで、むしろ今まで以上に音楽に集中できた」とも仰っています。

楽しいことを探していれば、嫌なことは近づいてこない

この点については本書をお読み頂くのが一番なのであまり触れませんが、あなたにも経験はないでしょうか?

楽しいことに夢中になっている時は、何もかもが楽しく感じられ、どんどん楽しいことが寄ってくる。それに対して、嫌だと感じることがある時は、嫌なことに気持ちがフォーカスされるので、いつも嫌なことについて考えてしまいます。無意識のうちにね。その結果、嫌なことがどんどん寄ってきます。嫌なことにフォーカスしているから嫌なことが寄ってくるのだけれど、渦中にいる時にはそれに気づかないんですよね。

いつもどんな時でも、あなたが何に焦点を当てているか?で、見えてくるものも寄ってくるものも変わりますよ。

ルートなんて外れていい

こちらに関しても、本書をお読み頂きたい。あのね、ルート・道を踏み外すなんて、誰にでもあるのよね。語弊があるかもしれないので、うまく伝えられなかったらごめんなさい。

親が「我が子はこうあるべき・この道を進むべき」と考える最良の道があったとしても、それは親が考えるもの。あるいは一般的に常識と考えられているルートも、それは一般的なものであって、あなたのものである必要はないということ。

そんなことを、舘野泉先生ご自身の人生やお嬢様の人生を例に諭して下さっています。

あなたの人生はあなたのもの。あなたの人生はあなたが決めるもの。そして機は熟す時が来る。だからポンポンと(トントンと)進められなくたって構わないということです。

何でもすぐに出来るようにならなくたっていい

舘野泉先生は「65歳を超えるまで出来るようにならなかったこともある」と書いています。若ければいいわけじゃないんですよね。ピアノを弾くにも身体を使うのですから、年齢を重ねると運動能力は落ちていく、と考えやすいでしょう。これも一般論ですよね。いや、本当にそうかもしれません。

でも私自身も学生時代には届かなかった9度や10度の音程が、40歳近くなった頃に届くようになりました。身体は使えば使うほど、使えるようになります。ただし、正しく使えばね。間違った使い方をするから痛めるの。

それを知っていて欲しいと思います。何でもすぐに出来るようにならなくたっていい。ちゃんと必要なタイミングで出来るようになる時がくるんだから。機は熟す!

本は途中から読めばいい。人生にも順序はない

最後に、とても心がラクになる舘野泉先生のお言葉をご紹介します。

本は読み終わらなくていい

行動を完結させる必要はない

同じように、人生も完成しなくていい

最低限の決まりはあるけれど、他は何も縛られる必要はないんですよね。そう、本をどこから読み始めようが、途中で読むのをやめようが、あなた次第。譜読みだって同じこと。こうやったら効率いいよ、という方法があったって、どんな風に譜読みをやるかはあなたが決めていい。本当はどうだっていいことなんだ。

人生にも順序はないのだから、好きに生きればいい。人生にゴールなんてない・人生は常に通過点。今、生き生きとしていることのほうが、よほど大事です。

本日ご紹介した舘野泉先生の著書は、こちら。

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