ピアノ学習初期に出会うバイエルさんってどんな人だったの?

2018年7月25日

ピアノを習った事がある人ならきっとその名前を知っているだろう、ピアノ教則本でお馴染みの「バイエル」。

フェルディナント・バイエル(1803-1863)は、ドイツの作曲家でピアニストです。

フェルディナント・バイエル

7月25日は、このバイエルさんのお誕生日なのです。
何となく(もしかしたら「いやいや?」)やってきたバイエルピアノ曲集かと思いますが、もう少し、バイエルさんのことを知ってみませんか?

ピアノ教則本でおなじみのバイエルさんってどんな人?

バイエルについては多くを語られる事なく、その教則本ばかりが日本ではあまりに有名です。

最近ではピアノ導入の教本は様々なものがありますよね。
でも私がピアノを始めた頃のピアノ学習導入署と言えば「バイエル」か「メトードローズ」だったのではないかな?と思います。
いや、ヤマハさんの「オルガンピアノの本」もあったようですね。

私の周りには「バイエル」がイヤでピアノを辞めた人も少なくありませんでした。

でも、バイエルがイヤでピアノのレッスンを辞めたのか、それともバイエルがなかなか先へ進まず、それでも細々と続けていたけれど、進学や何か事情が出来てピアノのおけいこを辞めなければならない時期になってしまった(その時まだバイエルが終わっていなかった)という人も、多かったかもしれません。

バイエルがイヤだったのか、バイエルしかやれずに他のピアノ作品に触れることなくピアノのおけいこを終えたのか、本当はどうなのかな?と思ったりもします。

さて、フェルディナント・バイエルさんはドイツの作曲家でピアニスト。
1806年7月25日に生まれ1863年5月14日に56歳で亡くなりました。

バイエルさんの教則本っていつ作られたの?

この「バイエル教則本」は、1850年にショット社から出版されたのが最初です。

「バイエル教則本」が日本に入って来た経緯は、ピアノの先生方はご存知かと思いますが、簡単に。

1881年に、アメリカのピアノ教師メーソン氏が日本にこの「バイエル教則本」を紹介したのが始まり。
メーソン氏は、当時の「音楽取調掛」(現在の東京芸術大学)に招聘され教鞭をとることになりました。
そこで日本で初めてピアノを学ぶ学生たちのために、この「バイエル教則本」を使ったのです。

それ以来長いこと、ピアノ学習の導入として「バイエル教則本」が使われてきました。
「バイエル」が終わらないうちにピアノをギブアップしてしまう子たちも多かったのは事実です。

それはさておき、そのバイエルについて書かれているマンガがあるんですよ。

マンガ音楽家ストーリー「バイエル」

マンガですから、子供達にもわかりやすいです。
ピアノ教室・音楽教室なら生徒さん達の目に付く書棚に置いておきたいですね。
(この「マンガ音楽家シリーズ」は他の作曲家のものも面白いですよ。)

「バイエル」を使っている教室でしたら、是非一冊置いておきましょう。
ピアノ学習の初期から、出会う作曲家に自然と興味を持たせるようにできたらいいですね。

※ ただし、バイエルについては伝記的な資料がほとんど残っていないため、このマンガでも描かれているバイエル像は創作です。でもね、当時の様子を知るというだけでも、面白いですよ。

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