子供と親の心に寄り添うコーチングはピアノレッスンに練習に生かせる!

2021年5月8日

育児に関する書は昔に比べて随分多くあります。特に近年は「どう子どもと向き合ったら良いのか?」「どう子どもに声をかけたらいいのか?」というような、「心のケア」に焦点をあてているものが多い。

私が子供を生んだ頃は、心ではなく行動としての「育児書」ばかりだった事を思い出します。

「子どもの心のコーチング」とありますが、この本を読みたいと思ったのはこんな理由です。

「子どもの心」を助ける前に、することがある。それは親(や、子どもに接する大人達)自身の心の問題を解決する事ではないか?と感じていたから。

今日はそんな「子供と親」の心に焦点を当てた「子どもの心のコーチング」という本についてお話します。

子どもたちのお稽古ごとに関わる人達は、ピアノレッスンに限らず、その子の親とも関わっていきますよね。親御さんと二人三脚のようにフォローし合う感じで生徒さん(子供)の成長を見守っていく。

だから、子育てをしているいないに関わらず、子どもたちに接する人たちにオススメの本です。

子育ての焦点は「今」ではなく「将来」へ

私たち親(大人)は、「今」に焦点をあてがちです。

  • 今、子どもは安全か?
  • 今、子どもは親の思うとおりにふるまっているか?
  • 今、子どものまわりで親の望むとおりのことが起きているか?

4~5歳の子どもは、母親の膝から自立して社会へと足を踏み出し始める時期。

自分の身を守る事、人を傷つけないことをはじめとして、人とうまく遊ぶにはどうしたらいいか?そんな感情と行動をコントロールする、そんな社会的なスキルを身につけ始める時期なんですよね。

このスキルこそが「生きる力」と言えるもの

このスキルを身につけるには、体験するしか方法はありません。ところが、この時期に親がぴったりと子供にくっついて、どう振る舞うべきかをいちいち指示したらどうだろう?

子どもが自分で考えたり行動するという、そのチャンスを失ってしまいますよね。

赤ちゃんの親は、出来ない子を完全保護する「保護者」

人間の赤ちゃんは未熟な状態で生まれて来るため、生まれてしばらくは完全な依存状態にあります。赤ちゃんでいる間は、完全な保護を受けないと生きていけませんよね。しかしその後、おすわり、ハイハイなど自分で動けるようになっていく。少しずつ成長していくんです。

自分で出来る事が増えるということは、危険が増えることを意味する。親は、大切な愛する子どもを危険から守るために、子どもを規制して支配しようとしがち。危険なものに触れないよう「ダメ」を連発してしまう。突然走り出すこどもを制止するために手をつなぎ、ベビーカーに縛り付けて外出する。

もちろん、こうした事は、子どもの安全を守るためです。でもね、こうやって親は、いつまでも子どもを「出来ない子」として扱い続けてしまう場合があるの。

子供の成長に従い、親は保護者から「親」へ

親の役割は、「できる」子どもに対して援助する事。「できない」子であれば、本人がやるのを「見守れば」良いのです。

「できない」という無意識のメッセージを受けながら育つ子と、「できる」人としての扱いを受けて育った子どもの人生は大きく異なります。

あなたは自分がダメな人間だ、出来ない人間だという劣等感を持った事はないでしょうか?私はあります。ずっと劣等感だらけでした。それは、幼い頃から何気なく親が発していた言葉が影響しただけだったんです。

親の「ヘルプ」が子供をダメにする

「援助」という言葉は英語で「Help」と「Support」とがありますが、この二つの言葉は実際には大きな違いがあります。

ヘルプはできない人のために、その人に変わってやってあげること。対してサポートは、その人を「できる」人ととらえて、そばで見守ります。そして、よりよくできるようになるよう「必要な時には手を貸す」。

もし、飢えている人がいたら、魚を釣ってあげますか?それとも、魚のつり方を教えますか?(もう、これだけで何を言わんとしているか、わかる方はきっと大丈夫。そう思います。)

飢える人は、自分の飢えという問題を自分で解決することなく、ヘルプしてくれる人に頼って生きることになる。大きくなっても、人に頼らなければ生きていけない自分に嫌悪感を抱くでしょう。親にヘルプされ続けて来た子どもも同じ事です。

ヘルプは親の自己満足。子供の人生を横取りする行為

ヘルプは一見、親切な行為に見えます。しかしそれは、時には「出来る人」を「出来ない人」と捉えてしまう。そして「やってあげている自分」を救助者として高い位置に置いて、「出来ない人」に親切の押し売りをしてしまいます。

人は本当にヘルプを必要とする時がある。それは命や心が危険にさらされている時だ。でもね、それ以外はちょっと待ってまかせてあげればいい。たいていの事は自分でできる/できるようになるのですから。

ヘルプする親のヘルプの先にあるものは、子どもの幸せではありません。子どもが何を望んでいるかではなく、親が望んでいるものを叶えるためにヘルプをしている。

私達の人生に「遅い」という事はない

たとえ子どもが何歳になっていても、親が気づいた時がスタートラインですよ。

親が変える気(変わる気)さえあれば、子どもはいつだって受け入れてくれます。(私もそう思う。我が子と夫と自分の過去を振り返って。)

愛だけが自分を好きという感覚を育てる

人が生きていくうえで、もっとも大切な感情が「自己肯定感(自分が好きという感覚)」。自分の存在を肯定する感覚です。

親のもっとも重要な使命は、子どもに自己肯定感を与えること。それは「愛する事」を教える行為です。

「愛する事」を教えられた子は、一生幸せに生きられる。自分を愛し肯定しているので、苦しい事があっても、強くいられるのです。

「あなたのために(よかれと思って言った/やった)」は、子どもにとっては「愛」とは伝わらない。ただの押しつけですよね。

禁止語と命令語

子どもに愛を教える大きな要素に、「言葉」があります。

子どもの意識は真っ白なキャンパスだ。そこに親がいろいろと書き込みをしていく。その書き込みの多くが「禁止語」や「命令語」ばかりであったらどうかしら?

「ダメ、ダメ!」
「やめなさい!」
「いい加減にしなさい!」
「早くさっさとやりなさい!」
「しょうがない子ね!」
「バカね」
「ぐずなんだから!」

これらの言葉は子どもにストレスを与えるだけではありません。子どもの否定的な「セルフイメージ」を育ててしまう。

人は、自分がこういう人間だという自画像=セルフイメージを持っているけれど、それは長い間の経験によって作られます。しかし、最も大きな影響力をもっているのが、幼少期に親によって書き込まれた言葉なのだ

禁止語を言わないために

子どもの動きを規制しなくてもいいような環境を作る。触ってはいけないもの、危ないものは身近におかない。もしくは年齢に応じてそれらの使い方を教えていく。=身をもって危険を教える。

命令語を使わないために

命令しなくても子どもが行動するように習慣付けする。

「しつけ」は、出来ていないことを口うるさく言うことではありません。子どもの出来ていないことを探す目ではなく、出来ていることを探す目に切りかえる。出来ていることを、認めてあげるのだ。そうすると、子どもは「愛されている」と感じる。

子供を人生の被害者にしないために

原因と結果から子どもは学んでいきます。たとえば、毎朝 親が子どもを「起こしてあげている」と...

それでも起きれず遅刻したら、子どもは「お母さん(お父さん)が もっと早くに起こしてくれなかったから」と、人のせいにするようになる。起きれなかったという原因を作ったのは、自分ではなく他者である、と。そう言われて一瞬憤る親の方も、翌朝はまた子どもを起こしてしまう。悪循環ですよね。

でも私も経験あります。遅刻した時「なんで起こしてくれなかったの?」と親を責めた経験が。

そうして、子どもは大人になっても人のせいにするようになる。

被害者として、都合の悪いことを全て人のせいにして生きるのはラクかもしれません。しかし、それは「自分の人生を自分次第で変えられる」とは考えられない状態。だからストレスの多い毎日になります。無力感を感じることが多く、充実感が得難い。

うまくいかないことがあっても、「よし、次は頑張ろう!」とか「今度は違うやり方をしてみよう!」と考えるのは、希望ややる気がわいてきて楽しいものです。しかし、被害者となってしまった人にとっては、自分がどうするかではなく、誰か人のせいにするのに忙しい。そして未来や、次に自分に何ができるかを考える事はありません。

これを解決するために。

  • 子どもと会話をする
  • どのようなサポートができるかを話し合う
  • その上で、子どもを起こさない
  • 子どもが一人でできたことを認める(言葉にして伝える)

これらの事を心がけて向き合いたいですね。

親は自分の都合で怒っている

「何をやっているの!さっさとしてよ!」
「いい加減にしないとぶつわよ」
「言う事を聞かない子は、うちの子じゃありません!」

叱られたり脅された子どもはおびえ、その不安を解消するために親の言うとおりに行動します。これは「しつけ」ではなく、脅しという罰を使った支配である事を理解するべきでしょう。

叱ることに効果があるのは、命に関わる事を教える時です。

子供が手伝ってくれても、褒めない

子どもが手伝ってくれた時、「いい子ね」「えらいぞ!」という「褒め言葉」ではなく、子どもが手伝ってくれたことに感謝し、喜ぶ。

子どもが親のために働いた時に、親がどう感じたかという気持ちを伝える(教える)。「ありがとう、お父さん助かったよ。嬉しかった!」と。

「良い子ね」や「えらいぞ」と言われても嬉しいでしょうが、その言葉だけでは子どもは自分の働きが相手にどんな肯定的な影響を与えているのか、わかりません。

たとえば、

  • 子どもが新聞を取って来てくれたら「ありがとう、お父さん、起きてすぐ新聞が読めるから嬉しいな」
  • 子どもがお茶碗を並べてくれたら「お母さん、この時間忙しくて。あなたがいてくれるから助かるわ」というように。

子育てとは、親が自分の気持ちをいかに言葉豊かに伝えるかを学ぶチャンスでもある。そしてその時、親は子どもの中に「人の役に立つ喜び」の種を植えることができるのです。

生きやすい生活習慣を身につけさせる

早寝早起き

十分に睡眠をとれば、朝は気持ち良く目覚めることができます。そして、気持ち良く一日をスタートさせ、精一杯活動することができる。

食事

体をつくるのは食べ物です。体にいいものを親の手で調理師、家族で食卓を囲むという、当たり前の食の姿を子どもに見せていきたい。

身の回りを整える

体を清潔に保つ、使ったものを片付ける、自分の所有物を自分で管理することを教えていきましょう。

お金の使い方

年齢に合わせてお小遣いを与え、管理しながら上手にお金を使うことを教える。

確かに。我が家も年齢に応じてお小遣いをあげて、そのお金で買えるもの、本当に欲しいもの、そう言う事を我が子に教えてきました。同じ歳の友達は、ビックリするくらい高額なお小遣いをもらっていて文字通り驚いたものです。しかし、何でも当たり前に手に入ると思って欲しくなかったようですよ。

勉強

勉強ができるかどうかは、頭のよしあしではなく、勉強ができる環境があるかどうか、ということ。子供が小さい頃から、家庭にその環境を作るのが親の仕事です。

物をやたらと与えない

愛の証として、やたらと物を与えられた子どもは幸せになれません。本来、子どもが欲しいのは親の愛情。勘違いする親や祖父母は「愛の証として」、子どもが欲しがるものを何でも買い与えてしまう。

たくさんの物を与えられた子どもは、愛情を感じるために物を欲しがる。しかし、本当に欲しいのは物ではなく愛情なので、いくら与えられても満足できません。そして、もっともっとと、求めるようになります。

さて、かなり長くなってしまいましたが、ではどうしたらいい?という核心には敢えて触れませんでした。それを知りたい方はこの本を手にとって読まれるといいでしょう。

子供と親の心に寄り添うコーチングをピアノレッスンに練習に生かそう!のまとめ

  • 子供の今ではなく、子供の将来に焦点を当てて見よう!
  • 親のヘルプが子供をダメにする事を知っておこう
  • 子供へのヘルプは親の自己満足だ
  • 禁止語と命令語を使わないようにするにはどうしたらいいかを知っておこう
  • 親は自分の都合で怒っている
  • 子供を親の人生の被害者にしてはいないだろうか?

ココで言う「親の都合」は、言い換えれば「大人の都合」だ。勉強やお稽古ごと(ピアノのレッスンや家庭での練習)にも通じる子供とどう接するか?親はどんな心構えでいると良いか?

是非、知っておく事をオススメします。あなたと子どもたちとが幸せな関係で未来を迎えられますように!

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