限界の壁は自分で作っている。今に集中してもっと自由になろう!

よく「限界を突破する」とか「壁を打ち破る」なんて言ったりします。
私も30代の頃は自分に大きな目標を掲げて、それに向けて計画を立てて限界を超えに行ったりしていました。

そうね、それは若かったから出来たのかもしれません。
ある程度の大人になった時、自分の存在意義を見失って、それを否定したかったのかもしれませんね。

でも、限界の壁って人それぞれでしょ。自分の限界の壁って自分で作ってるんですよね。
だから、それに立ち向かうのもいいけれど、そこに固執し続ける必要もない。

どうせ自分の人生を生きるんだから、もっと自分が喜びを感じる生き方しませんか?
「今」を意識したら、もっと心が自由に豊かになりますよ。

「今」に意識を向ける

アイディアが湧いたり、やりたい事が見えているのに、なかなか実行に移せない事はありませんか?
理由はいろいろあるでしょう。「やるやる」って言ってるけど、いつもやらない人は除いてね。

何かが引っかかって一歩を踏み出せなかったり、なぜか体調がすぐれなかったり。
じゃあ、どうしたら実行できるんだろう?

最初の1歩を踏み出すために、さぁ、深呼吸してみよう!そうしたら、リラックスできるから。
そうしたら、「今」取りかかるべき第1歩は何なのか?もう一度、自分に問いかけてみる。
あなたの心に問いかけるということに、集中してみましょう。

後のことは、心配しなくていいから。どうしてかって?
何故なら「あなた」は、「今」を生きているのだから。
未来のために、将来のために何かをしようとしますよね。でもね、未来は未来で、「わたし」はいつの時も「今」を生きています。そうでしょ?

だから、「今」を生きるために、常に「今」に意識を向けてみよう!
まず、今を大事に。未来は「今」の積み重ねで出来るんだよ。

この瞬間を楽しむ

龍雲
龍雲

今この「瞬間」を迎えられる幸せを、忘れないでね。
いつか、この「瞬間」を、感じられなくなる時が訪れるのだから。それは誰一人間違いなく、いつかは亡くなる時が訪れるという事実。

だから、今この「瞬間」を迎えられる事に、感謝します。
精一杯!この瞬間を楽しむ。味わう。慈しむ。

そして、何もしない事を責めない。
豊かに目の前を流れる光景を、味わう。
鳥のさえずりを、楽しむ。
考える事が出来る、その時を味わう。
ピアノに触れる事が出来る事を、味わう。

命がある事は、奇跡だとすら思えてきます。
明日も命があるかなんて、誰も保証できない事ですよ。いつ、何が起こるかはわからないのですから。

引き算の法則を知っておこう

つい、あれもこれもやりたくなってしまう。
つい、これをやるならもっと深く突き詰めたい、と欲張ってしまう。

そうやって、あれこれと手を出す・手を広げる事が、世界が広がるような気もして、すごく良い事のように思えたりする。
自分、スゴイ!と、思ったり。

でも、大抵ヤリキレナイ。
思うコトは立派だし素晴らしいのよね。
だけど、モノゴトはやり切れてナンボ。
挑戦する事に意味がある、という場合もありますよ。
でも、いつでも何においても、挑戦だけして成し遂げられなくてもいいなんてコトは、ないんじゃないかしら。
やり遂げてこそ、意味を成すことは多い。

そこで、やり遂げるために活用したいのが、「引き算の法則」です。
あれこれ欲張る・手を広げるの、逆思考ですよ。
出来る限り、やる事・手を出す事を、削り落として行く。
これぞシンプル・イズ・ベスト。
まずは、そこから。

シンプルな事をやり遂げてみよう。
それを積み重ねて行けば、手を広げる場合でも、いかにシンプルに、いかに確実に、いかに効率良く出来るか?という事が、見えて来ます。

さぁ、引き算の法則を使って、シンプルに行こう!

目の前にある事に注目する

「出来ない」「難しい」「無理!」を、探さない。
目の前に「ある」コトに注目する。
目の前に「ある」コトに焦点を当てる。
「ない」コト、不足に注目している限り、行動を起こし続けるのは難しいから。

それより、目の前の「ある」コトに注目していれば、今確実に「出来るコト」、確実に「継続出来るコト」が見えてきます。そうしたら、後はそれをやるだけ。没頭出来るでしょう。

「ない」モノゴトに焦点を当てている限り、前を向いて進むことは出来ません。
でもね、これは見方・捉え方の問題だから、ピントをずらして見てみれば、「ある」コトに満ちていると
気付くでしょう。
そして、「ある」のは当たり前ではないと思えれば、感謝の気持ちが。
すると、義務感や責任感ではなく、ワクワクして夢中になっていきます。

同じコトと向き合うのでも、見方・捉え方次第で、全てが変わる。変えられます。
だから、目の前に「ある」コトに注目する!と意識・癖付けしていきませんか?

「ねばならない」を捨てよう

「ねばならない」を、捨てちゃおう。
ずっと私自身が言ってきた事。
「ねばならない」を決めたのは、他ならぬ「私自身」なのだから。

もし、誰かに「やりなさい(やって)」と言われたのだとしても、それを「やるかどうか」を決めたのは、「自分」なんだよね。
だから、「やらねばならない」理由なんてない。

私は「ねばならない」を手放した「つもり」でいました。
でも、全然手放せていないどころか、私の中には「ねばならない」がまだまだ山積みのまま。
私は「ねばならない」を手放すどころか、「私が!自分でなんとかしなきゃいけない!」と、心のどこかで思っているのです。

これは結局、私の勝手な思い込み。私と向き合ういろんな人たちを「コントロールしよう」としていた、と言う事だったのね。
その一方、時々私は「ダメな自分」をやってみて、それでもうまく回り始める事もあるんだと気付かされます。

という事は?方法はわかっているんだよね。

「自分で何とかしよう」を、手放す。コントロールしない。
ただ、信じて任せておくだけ。

あぁ、これかぁ。私は自分を信じていなかったんだなぁ。
あなたはどうかしら?

限界の壁は自分で作っている

何かをするのに(本当はしたいのに)出来ない、私には出来ない、と思ってしまう。
「だって」と、並べられる理由は、多分、一つじゃありません。

  • 歳が・・・
  • 体力が・・・
  • 時間が・・・
  • お金が・・・

確かに、歳を重ねていけば、実際に出来なくなっていくことは結構ありますよね。

体だって、膝が痛くなったり階段が辛くなったり、夜更かし出来なくなったり、視力が衰えてきたりするけれど。嗜好が変わったりね。
でも、人は機械じゃないのだから、嗜好が変わるのは自然なこと。

それとは別に。「だって、一般的にはそれ無理じゃない?」とか
「だって、この歳でそれやったら、恥ずかしくない?」とか、それらって、「一般論」はそうかもしれないね、っていう話。

でも、大事なのは、

  • あなたは、どう思うのか?
  • わたしは、どう思うのか?

って事じゃ、ないのかなぁ?と、思いませんか?
私も以前は、「一般的には」「普通は」こうだから、と無意識のうちに話していました。
と言う事は、私も無意識のうちに、そうやって自分で壁を、いっぱい作っていたんだなぁ。

そして、その考え方をやめたら、毎日が面白くなってきたんです。

あなたも、せめて「歳のせい」で壁をいっぱい作るのは、やめてみませんか。
実際に歳のせいで出来なくなることはあるけれど、その代わり、豊かな思考を手に入れる事が出来ますよ。

今日のピアノ動画*ギロック「森の湖のほとりで」

ティブレイクは、ギロック作曲「森の湖のほとりで」をお送りします。

湖のほとりで、しbらく頭の中をカラッぽにしてみたいですね。

エンジョイ!あなたのピアノ・ライフをもっと豊かに!
もっとラクに心と体を使ってピアノを弾くお手伝いをしています。

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